DreamPresenter

1

DreamPresenter Vol. 1 Chapter. 5.0

chapter5: ズレ始めた時:

僕ら三人はいつのまにか昔にタイムスリップし、その記憶を共有するかのように美華さんという語り部に身を委ねた。

「もうだいぶ前のことになりますね。私はカイと結婚する前はOLとして働いていました。私がいつも通り仕事先から帰ろうとしていた時です。普段なら気づきもしなかっただろう隣接する店の間の小さな路地裏の奥で私はかすかに動く影が見えたんです。初めは猫かなと思ったんですけど、奥に入って見てみると、人が倒れていたので驚きました。それがカイと私の出会いです。私が、『大丈夫ですか?』とカイの体を起こして彼を見ると、もうカイは疲れ果てて衰弱しきっていました。だからとにかく家へ運んで…。救急車をそのとき呼ばなかったのは何となくカイに特別な何かに感じたからですかね。後付けですけどね。そうして、気づいたら家に運んでて、家で介抱しちゃっていました。それからです、カイとの奇妙な生活が始まったのは。カイは始めこそ流動食すらろくに口にしないくらい疲れていましたが、三日目くらいになるとだいぶ回復してきました。私はどうして倒れていたのかや他にもいろいろと聞きたいこともあったんですけど、気を病んだカイの顔を見ていると言えなくて、でも、なんだか、ここで、彼を病院に預けるのも嫌で、我がままだったんです。全て私の。私が寂しくて疲れていたから、カイを介抱していたかった。そういう気持ちがあったんだと思います。その当時は、カイはずっと寝ていて、そのとき分かっていることといえば名前と、彼の繰り返す謝罪の数々ぐらいでした。

けれど、それから一週間も経つと、食事をとるようになってくれて、カイの顔色は次第に良くなって、肉体的には全快しました。そして、そこで初めて私に口を開いてくれたんです。
『すいません。迷惑かけて…』
『別にいいんですよ。海山さん。困った時はお互い様です。』
『本当にすいません。』
カイはいつも謝るばかりで会話なんてありませんでした。私はその時にはもう彼のことが気になりだしていたんです。彼から目が離せなくなっていたんです。仕事後の彼への介抱と会話にならない会話…。私はゆっくり彼のどこか優しく不安定で危なっかしいところにひかれていったんです。彼が全快した後も、彼は行くあてが無いようだし、正直、一緒にいてもらったんです。

そこから更に数ヶ月経つと、ようやく彼の感情が豊かになってきました。会話の数も増えてきて…。ただ、それでも、まだ彼がどうしてあの場所にいたのか本当のことについて話を聞いていませんでした。聞く事は彼を傷つけてしまう。そう思いました。でも、私は、このままだと、彼の事を知らないまま彼と別れる事になってしまう。そう思ったんです。つくづく駄目な女ですよね。いつか来る彼との別れの前に聞いていておきたかった。彼のことを傷つけてしまうかもしれないと分かりながらそれでも聞いてしまっていたんです。
『お具合はどうですか?』
『もう大丈夫です。本当に今まですいませんでした。この恩は必ず…』
『謝るのはやめて下さい。全部私の気まぐれですから。』
『すいません。』
『ほらまたぁ。』
『ははは、そうですね…ありがとうございます…。』
『…あのぅ、そろそろ聞かせてもらえませんか?あなたのこと…』
『…そうですね。このまま何も言わないでいても失礼ですからね。でも、楽しい話でも何でもありませんよ。』
『いいんです。それでも』
『そうですか…。』
そういうと、カイは深呼吸してゆっくりと語り始めました。

『俺は妻を裏切ってしまったんですよ。単なる意見の食い違いと俺が強情なばっかりに…彼女と別れる道を選んでしまった。自分でやったことなのに、俺は彼女と異なる道を行くことを心で潔しとしなかったんでしょうね。ここに来ても、それがずっと頭から離れなかった。俺は行き場を失った。後悔と執着と、終わらない葛藤、自分自身許せなかった。ただただ、この街をさまよって何かを探していた。俺がここにこだわる理由と執着を断ち切るために。でも…見つからなかった。見つけたくなかったのかもしれない。心で死のうとしていた。このまま消えようと思った。目をつむろうとしていた。その時、あなたが現れた。…何だか、何かに生かされた気が今はしています。』
初めてカイの本当の言葉を聞いて、私は思いました。彼が不器用なくせ、頑張り性で本当に優しい人なんだって。
『そうだったんですか…。その方は今どうなさっているんですか?』
『分かりません。どこでどうしてるのかもさっぱり…』
『そうですか…。』

その時の私はもうカイを放っておけなかったんです。それ以上に一緒にいたかったんです…。こんな短期間で彼のこともほとんど知らなかったのに、私はそう思うようになっていたんです。
『じゃあ、今のあなたはどうしたいんです?』
『…。分からない。どうしたらいいのか、俺は生きていていいのかさえも。』
『あなたがそう思うことも少しは分かるつもりです。それほど自分を咎めて、苦悩することも必要なほどのことをしたのだとも思います。でも、自分の存在を否定しないで下さい。いなくなることが正しいなんて思わないで下さい。少しずつ、償っていけばいいんです。ゆっくり確実に償っていけばいいんです。生きていて下さい。償うために、その人のために、その家族のために、そして…私のためにも…。』
『…。』
『私と…、私とこれから生きてもらえませんか?』
『…えっ!!?』
『生きる意味を見いだせないなら、私があなたの生きる意味になります。あなたを死なせたく、失いたくはありません。』
『そ、そんな…いきなり…。』
少々強情だったかもしれません。でも、私はこの時…この時までにもう気持ちは決まっていたんです。どうしても……。
迷惑なのは承知でしたし、彼がどう答えてもどれだけ時間がかかっても構いませんでした。それでも私は言っておきたかったんです。カイはとても真摯に悩んでくれました。その時には決められないので一日、二日、…申し訳ないくらい…。悩ませてしまいました。当たり前です。きっと、そのとき、いえ、ずっと、彼は別れてしまった彼女を気にかけてきたんですから。だから、後悔もしました。我が儘でカイをますます困らせてしまったことを。でも、彼は、カイは、答えを出してくれたんです。

『俺があなたにしてあげられることなんてたかが知れています。もしかしたら不幸にしてしまうかも知れない。それでも…』
『私は何があっても後悔なんてしません.私の我が儘をこれだけ真摯に受け止めてくれただけでもう満足なくらいなんですから。』
『そうですか…、酷い男ですよ…』
『酷い男ですね、でも、それも含めてそうしたいと思いました。』
『彼女には…、ますます酷い男と思われるでしょうね…』
『私がもっと酷い、誘惑した悪女なんですよ…。』
『どうしてそこまで。』
『じゃあ、逆に海山さんはどうして今も彼女のことについてそこまで悩むんですか?』
『…。』
『理由は同じです。』
『本当に、顔に似合わず、芯の通った人だ。…、そこまで、想ってくれる人がいるのに、死んだら、確実に地獄行きだな…。俺ばっかりこんな幸せでいいのかな…』
『なら、その幸せを、あなたが謝るべき人に分けてあげたらいいんですよ。』
『まいったな。断る理由が見つからない…分かりました。これからもよろしく。』
『ありがとう…』

それから二人で暮らすことになりました。私は幸せでした。家族も増えて、夢のような家庭を持つことが出来たから。けれど、カイは時々私の目の無いところで悲しそうな顔をしていたんです。それをたまたま見てしまっとき、私はハッとしたんです。どれだけ、嬉しいことがあっても忘れないでいるんだろうなって、忘れられないんだろうなって。その方と、その子達…そう、かいむさん。あなたのことを…。ずっと悩んで後悔してきたんです。カイはずっと、今でも、これからも、罪を償うために忘れずにそのことを背負っていくこと。少しだけでもいいです。分かってあげて下さい。彼が苦しみそして悩み続けていることを。」

美華さんが語り終えると僕に深々と頭を下げた。どれだけの時間だったのだろうか、息も瞬きもしたか分からない。全く言葉が出なかった。僕が唖然としていると父さんがとても辛そうな目をして、
「謝りきれないことは分かってる。でも、謝りたいんだ…。本当にすまない。」
何も言えなかった。僕も悪かったのだ。罪を犯したことには変わりない。攻められても仕方ないしそれだけのことをしている。でも、変えられない事実だからこそ、罪を犯した人は償うしかそれを許してもらう手段が無いんだ。父さんはそれを必至にしてきたのだ。それに、これからもしていくのだろう。しかし僕は、父さんのそんな様子を一切見ようともせず一方的に彼を蹴落とした。父さんを悪いと決めつけて…。父さんが、僕をここに呼んだのは…、こんな時に僕を呼んだのは、償いをするため、自分の意志がしっかりと出来た時期に許してもらえるように償うためなんじゃ…。僕は、父さんのとれる唯一の術すら奪おうとしていた。僕も謝らないといけない、そんな気持ちが沸き上がってきた。
「僕の方こそ…ごめんなさい。」
「何でお前が謝る必要があるんだ。謝らないといけないのは俺の方だ。」
「いや、僕も謝らなきゃいけないよ。父さんの気持ちも知らないで咎めることしかしないで。」
「咎められて当然のことをやったんだ.お前は悪くない。」
僕と父さんは;シンッと見つめ合った。しばしの静寂が辺りを包んだ。
「さて、夕食が冷めちゃったわね。温めなおさないと。美良、舞華こっちに来て少し手伝ってくれない?」
静寂を一気に破って、美華さんは立ち上がりキッチンの方に戻っていった。そして、美華さんに呼ばれた二人がその後すぐにリビングに入ってきた。
おそらく聞いていたんだろう。中にも入れないでドアの前で立往生してたんだろう。美華さんはそれを知っていて中に入れるようにしてくれたのだ。かなわない。彼女がキッチンで料理を作り鼻歌を口ずさめばもう部屋の空気を変えてしまっていたのだから。

気まずい雰囲気と一緒に僕の中の父さんに対する恨みや怒りがフッと消えた。話をしてよかったと今は思えた。長い間心に引っかかっていたもやが晴れた感じがした。僕は座りながら肩をまわして体の中にたまっていた重い空気を吐き出した。すると、いきなりポンと背中を叩かれた。そして、僕にしか聞こえないような小さな声で、
「良かったじゃない。」

僕が驚いて振り向くと、これも驚くことにそれは美良だった。まさか、美良からそんな言葉が聞けるとは。でも驚きと同時に嬉しくもあった。美良はそれだけ言うとまた美華さんの料理を手伝い始めていた。
「僕も、手伝うか!」
僕らは夕食の準備を始めた。その日の夕食は久しぶりにおいしかったように思う。

この日が初めてこの世界がいい世界だと思えたそんな日だったかもしれない。

ページ上部に移動