DreamPresenter

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DreamPresenter Vol. 4 Chapter. 2.2

chapter 2.2: 12月28日(後編):
「はぁ…気持ちいい。」
真冬のベランダは涼しいというよりは寒いくらいだったが、お酒のせいか、普段なら冷たくて嫌なだけの冬の風が、熱くなった頭と体を冷まして心地良かった。
「全く、皆ハメを外しすぎなんだよ。」
自分のことは棚にあげて、僕はポツリと呟いた。と、そこであることに気がつく。雫がいない。今日(昨日)の昼間にぼやを起こしてしまったのもあって、雫は、宴会中、終始うつむきがちで話も相づちを打つだけだった。そこまでは、確実に雫がいたのだが、今、窓越しに部屋の中を覗いても雫の姿は見当たらない。
「先に、寝たのかな…。」
そんなことを思っていると、

「私は私と申します。あなたが求める…♪」

どこからとも無く、歌が聞こえてきた。それは、小鳥のさえずりのように綺麗な歌だった。僕が耳をすませ、その歌声の主を探すと、Gentle2階の出窓に雫が腰掛けて歌っていた。雫の表情は、どこか物憂げで儚かった。そして、その姿は月の光を浴びてまるで妖精のようだった。

雫は、僕がベランダに居るのを気付いていないようで、歌を口ずさみながら空を見上げていた。そこで、僕は、そぉっとGentleに戻り、雫のいる2階に上がった。雫の部屋は、「雫の部屋」と木の看板がかかっていたのですぐ分かった。僕は、雫の部屋の前まできて、扉を

"コンコン"

と叩いた。しばらくの間。
「雫ちゃん。いる?」
今度は、僕が扉越しに声をかけてみた。すると、
「え?お兄さん?」
僕が来たのは意外だったのか、すぐに返事が返ってきた。雫の調子が良くないとは思っていたけれど、渥美さん達と上手く行っていないのか?
「お話しようと思ってさ。いいかな?」
「は、はい!いいですよ、入って下さい。」
そう言われると、僕は扉を開け、雫の部屋に入った。雫の部屋は、イメージ通りのぬいぐるみや可愛い雑貨が部屋の至る所に散りばめられており、女の子らしい部屋だった。そうかと思うと、本棚には経済学の本や、何を書いているのか分からない洋書が並んでおり、改めて、雫は頭がいいのだと実感した。部屋に電気はついておらず、光源は窓から差し込む月明かりだけだった。
「お話って何ですか?」
雫は出窓の縁から立ち上がって、僕に抑揚のない声で尋ねてきた。いつもならば、怖気付いてしまうところだが、今日は酒の力も借りて、僕は雫の顔をしっかりと見つめて答えた。
「雫ちゃん、元気なかったから。何か相談に乗れることがないかなと思って。」
「…。」
雫は、気まずそうな顔をして答えなかった。
「さっき、ベランダにいたんだ。そしたら、綺麗な歌が聞こえてきたからさ。」
「聞かれてたんですか…恥ずかしいです。」
「何て歌?」
「…名前は覚えていないんです。ただ、昔何度か聞いたことがあって、歌詞が気になったので覚えてしまったんです。」
「よかったら、また歌ってもらえないかな?」
「え!?そんな、恥ずかしいです。私、歌下手ですし…。」
「上手いよ。素敵な歌だった。」
「もー、お兄さん。酔ってて気が大きくなってますよ!一部分しか知りませんけど…」
雫は、恥ずかしそうにしながらも、酔いどれの僕に観念したのか、深呼吸をして息を整えて歌い始めた。

 私は、「私」と申します。
 あなたの求める私にはなれません。
 でも、私は「私」であり続けます。

 だから、「私」は、
 「私」の心で
 「私」の道を生きて
 「あなた」を好きでいるのです。

 私は、「私」と申します。
 私が求める私にはなれません。
 でも、私は「私」であり続けます。

 だから、「私」は、
 「私」の心で
 「私」の道を生きて
 「私」を好きでいるのです。

歌い終わって、雫は深々と一礼した。顔を上げた雫は、歌う前よりも顔を真赤にしていた。
「すごく、綺麗で素敵な歌だったよ。ありがとう。」
僕は、素直な感想を雫に述べた。雫の声は透き通っていて、心にすっと入ってくるような感じがして、自分の心に響いていた。僕の感想を聞くと、雫は、サウナに入っているかのように熱そうに手うちわで顔をパタパタと仰いだ。しばらく、恥ずかしさを紛らわすためにそうしていた雫だったが、落ち着いてくると、雫は大人びた顔つきに戻って僕に話しかけた。
「私…この歌詞好きなんです。勝手に解釈しちゃっているのかもしれないんですけど。私には、単に、恋人に歌う歌とかじゃなくて…」
途中まで言いかけてやめると、雫は僕を呼びかけた。
「お兄さん。」
「ん?」
「お兄さんは、ご両親のこと好きですか?」
「えっ?好きだよ。どうして?」
「私も好きでした…。でも…嫌いになりました…。」
「それってどういう?」
いきなりの衝撃発言に僕は気が動転していた。一方、雫は悲しそうな顔をして、また、出窓の縁に座った。
「お兄さん、聞いてもらえますか?雫自身のこと…。」
「…。」
僕は、無言で頷いた。雫は、悲しそうな顔でニコッとはにかんで言葉を紡ぎ始めた。

「私は、貿易商の社長の父、そして、社長の秘書を務めていた母の元に生まれました。両親が、大企業の長と聞くと他の人からは羨ましがられます。でも、私にとってそれは地獄でした。教育熱心な両親は、生まれた時から私に英才教育を施しました。音楽はこれがいい。遊ぶ玩具はこれが…。でも、それだけなら別に良かったんです。頑張ったら頑張っただけ両親は褒めてくれましたし、私も楽しかったですから…。だからこそ、世間が好奇の目で見つめてきても、ハインバード大学を8歳で卒業できたんです。でも、卒業してから、両親は変わりました。私が卒業してすぐ、両親は父の会社の子会社にあたる会社の取締役に私を任命したんです。社員の方々からは、冷たい目で見られました。当然ですよ。でも、それでも、私は、両親から期待してもらえているんだと…、なんとかしようと企業運営に尽力しました。でも、企業は一人では動かせません。私が、なんとかしようとすればするほど、私は空回りして企業は上手くいきませんでした。両親は、それを見ると私を叱りつけ、より重要なポストに私を就かせるんです。勿論、上手くいきません。それが繰り返されるうち…私は耐えられなくなりました。私は逃げ出しました。そして…。」
「Gentleにきた…。」
僕は、何も言えなかった。現実世界ではないにせよ、仮にこの世界を生きる人が、こんな小さい子が、そんな事になっているなんて…。冗談としか考えられなかった。雫は、僕の言葉に首肯すると続けた。
「この前、両親が私を連れ戻しにGentleに来たんです。」
「!!?」
「Gentleの生活を私は手放したくなくて、必死に抵抗しました。それを見た渥美さんや恋さんも私を助けてくれました。でも、そのせいで、そのせいで渥美さんは大事な手に怪我を負いました。二人は両親に馬鹿にされました。そして…、私は、『跡継ぎのために男が欲しかったのに、女がだったところから面倒だったのに、何もできないと逃げ出し、果ては私を馬鹿にする。役立たずで、迷惑なだけの存在だった。』と。」
「…。」
「お兄さん!私は間違っていたんですか!!?両親のいいつけを守らなくて勝手に逃げ出した私が悪かったんですか!?でも、私は、私でしかいられないんです。我侭なんですか?良家の娘、天才、私は…我慢しないといけなかったんですか?」
目の前の少女は、瞳に涙をためながら叫んだ。想像を絶していた。ドラマ、ゲームの設定によるものなのかもしれない。でも、実際に目の前で小さな小さな女の子が、うずくまって泣いているのだ。彼女は悩んでいる。設定だとか関係なく。でも、どうしたらいいのだろうか?僕の方が長く生きているし、僕だって人並み以上の変わった人生経験を積んでいると思う。でも、彼女の経験は僕の経験の春香の上をいっていた。僕には想像も出来ない悩みだった。でも、このまま何も言わないということはできない。何とかしないと…何とか…。僕は、酔って上手く回らない頭を最大まで回転させ、言葉を選びながら雫に思っていることを伝えた。
「雫ちゃん。正直なところ、僕は雫ちゃんの悩みを解決することは出来ない。僕には、想像出来ないことだし、僕だって自分のことが分からないでいっつも悩んでるんだ。」
「…。」
「ただ、信じて欲しい。」
「信じる…?」
「雫ちゃんは、さっきの歌が好きっていっていた。それにさっき自分でも言っていた。きっと、分かってるんだよ。自分は、自分でしかいられない。でも、人の事を信じたいし、自分のことも信じたいんだ。自分が自分でしかいられないから、いつだって怖いよ。思い通りにいかない。でも、でも、そうでしか生きていけないなら、信じて好きでいることしか出来ない。だから、信じて欲しい。渥美さん、恋さん。勿論、僕、美良、舞華、それに凪、父さんに美華さん。そして、雫ちゃん自身を…。」

「あー、かっこいいねー。言いたいこと全部言われちゃったよ。」
僕でも、雫でもない声がいきなり聞こえたので僕は驚いて振り返った。

"ギィィ"

そこには、目がトロンとたれた渥美さんと、恋さんいた。渥美さんは、雫の部屋に入ってくると、そのまま雫の方に歩いていき、雫の前で立ち止まったかと思うと、

"ぎゅう"

不意に雫を抱きしめた。
「え…?」
「間違っていたかもしれない。間違っていなかったかもしれない。だって、答えなんて誰にも分からないんだからさ。だから、かいむ君のいうように、信じて欲しいんだ。周りとか自分をさ。俺なんかを信じることなんて出来ないかもしれない。でも、信じて欲しいんだ。俺も恋も、雫を本当の家族だって思ってるんだ。そして、雫は、他の人に自慢して回りたいくらい立派な娘だって言ってやりたいんだ。」
「…私は…私。」
「迷ってもいいと思うよ。」
そう言ったのは、恋さんだ。
「僕だって迷う。自分がしたことが本当に良かったのか。もっと、こうすれば良かった?あれは間違いだった?何度だって迷うよ。でも、きっとそうしていくことですすんでいけるんだって思ってる。」
「そうだ、俺だって悩むんだ。だから、今は、俺たちがこう思っているとだけ分かって欲しい。そこから、どう考えようと、何を選ぼうと、俺は雫を支援するさ。」
「渥美さん…、恋さん…、私…わたし…。うあぁぁぁぁ!」
雫は、渥美に抱きしめられながら泣き出した。

「かいむくん、ごめんね。こういうことは、僕たち大人がしっかりしないといけないのに。」
雫が嗚咽を漏らしながら渥美にしがみついているのを見て、恋さんが僕にそう言った。
「そんな、僕は何もしていません。」
「謙遜しなくてもいいよ。誰だって自分から見たら『何もできない』なんだよ。でも、他の人から見たら確実に何かを貰ってる。良くも悪くも。」
「そう…ですね。」
「感謝してるんだよ。僕も渥美も。」
「え?」
「一緒にいる時間が長ければ長いほど、逆に言えなくなることも多いんだよ。今回もそうだった。抱え込んでいることも分かってた。でも、なぜか慰めてあげられなかった。普段一緒にいるからこそ、よそよそしくなってしまったりね…。かいむ君が声をかけてくれたから、雫ちゃんも心をひらいてくれたんだと思う。ありがとう。」
「そう言ってもらえると、僕も嬉しいです。」
「あーぁ、僕も、二人にとってそんな存在であれたらいいなぁ…。」
「何言ってるんですか、恋さんがいなきゃGentleじゃないですよ。」
僕がそういうと、恋さんはホッとしたように「てへへ」と笑った。そして、相変わらず嗚咽を漏らしながら渥美さんにしがみついている雫を感慨深そうに目を細めながら見つめていた。

***

雫に起こったことを思えば、もっと泣き続けていてもおかしくなかったが、10分もすると雫は渥美から離れ、涙を吹いていた。
「もう大丈夫です。皆さん、ご迷惑をおかけしました。」
それは、年端もいかない少女が、親に捨てられた後に言えるような言葉じゃなかった。その余りにも凛とした態度に、僕は改めて雫の凄さを感じさせられた。
「本当に、大丈夫なの?雫ちゃん。」
僕が、雫にそう声をかけても、雫は、先程の涙が嘘のように笑って、
「はい!お兄さん達のおかげで、元気100倍です。」
と返してきた。これは、僕には真似の出来ないことだと思うと同時に、これは、雫が好まなかったにせよ経験の中で培われた力なのだろうと思った。雫のそんな様子に、渥美も恋も驚いていた。
「さて、雫。今日は忘年会、悪かったことをスカッと忘れて楽しむ日だ。まだまだ夜は長い。付き合ってもらえるよな。勿論、恋も、かいむ君もだ。」
「はい、渥美さん!私、頑張ってお酌しますよ!いっぱい楽しみましょう!」
「もぉ、仕方ないなぁ。2次会の準備をしなくちゃね。」
「はい、僕も、出来る限りお付き合いさせてもらいます。」
この後、父さんと美華さんと6人で、2次会が開催された。父さんも美華さんも雫のことに深入りすることはなく(父さんに関してはもはやぐでんぐでんで何もわかっていなさそうだったが)ただひたすら、飲めや騒げやのどんちゃん騒ぎだった。雫も、僕も、抱える悩みを忘れるように大きな声で笑いあった。

2次会は、早朝6時まで続いた。
僕は、家に帰るまでは何とか意識を保っていたものの、家に帰った途端倒れこみ、気がついたら窓の外は真っ赤な夕日、そして、ひどい頭痛と嘔吐感に悩まされた。2度とお酒は飲まないと誓った。

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