DreamPresenter

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DreamPresenter Vol. 4 Chapter. 3.0

chapter 3.0: 12月29日:
 カーテンの隙間から差し込む陽の光で目を覚ます。ベットから上半身だけ起こして、大きく伸びをする。うん最高だ。昨日の夕方が嘘のように体が軽い。昨日の夕方は、初めての二日酔いを体験し永遠に終わらないかと思える頭痛と嘔吐感に苛まれていた。それがどうだろう。一夜あければ、頭痛と嘔吐感は消え、スッキリとした気持ちで朝を迎えられている。
「これは、散歩でも行こうかな。」
人というものは何と単純な生き物なのだろう。二日酔いの反動で相対的に気持ちのいい朝なのにも関わらず、その気持ちの良さに唆されて散歩に出かけようとしている。でも、そのくらい嬉しいのだ。僕は服を着替え、軽く朝食をすませると、意気揚々と外に出た。

と同時に「失敗した」と思った。今は、年末。外はこの時期相応な寒さだった。いつかの僕は、この冷たい風を心地よいと思えるほどどうかしていたが、冬は冷静に考えたら寒いに決まっている。肌をきる冷たい風に散歩せずに帰ろうかなとも思ったが、折角ここまでランランと浮かれ調子で出てきて、寒いから戻ったとなっては何か負けた気がする。僕は、半ば意地というかヤケになって昼になるまでは絶対に散歩し続けてやると誓い、体を温めるためにもズンズンと歩きだした。しばらくしての事だった。

「あっ…天上君?」
「えっ?神谷さん!」
目の前にあったT字路を適当に右に曲がったところで、後ろから声をかけられた。振り返ってみると、クラスメイト神谷 美里(かぐや みり)がいた。神谷は厚手の白のトレンチコートに薄いベージュのロングスカート、そして赤いマフラーという暖かそうな冬服を着て驚いた様子で立っていた。偶然鉢合わせただけなのだが、美良と付き合い始めたからか、僕は、ただ会っただけでも何となく罪悪感を感じた。
「…え?私…何か悪いことしちゃいましたか?」
そんなつもりはなかったのだが、何かが表情から出ていたらしい。僕は、色んな意味で神谷に申し訳ないと思いながら否定した。
「そんなことないですよ。神谷さんはなにしてたんですか?」
「あ…散歩です。天上君は?」
僕の言葉に安心したように、にこりと微笑んで神谷が返した。
「僕も、散歩です。神谷さんは、どこか行くつもりだったんですか?」
「え!?あぁ…天上君、知らないですよね。目の前に見える、その家が私の家なんです。」
神谷が指をさす方をみると、小さな庭付き2階建ての一戸建てが見えた。
「あぁ…そうだったんだ。結構、近くに住んでたんですね。」
僕が、のんきにそう言いながら神谷の方に向き直ると、神谷は、先程までとは打って変わって緊張の面持ちでこちらを見つめていた。僕は、何となく察しがついたが、敢えて深く考えないでおいた。
「あ…あのぉ…。天上君。」
「…何です?」
「お…お忙しく…なければ…、う、うちでゆっくりしていきました。い、いや、いきませんか?」
「!」
瞬間、まずいという感覚が頭をよぎった。「あぁやっぱり…」という感覚もまたよぎった。嫌な予感がした時から方向修正をしておけばよかった、しかし、文化祭の時にも神谷の誘いを断っている。勿論、美良と付き合ったり、神谷から一度告白を受けたことを思えば、そんな事云々を考えずにきっぱり「No」というのが筋なのだろう。それは、分かっている。でも、人の縁をスパッと切り分けることができない僕は駄目と分かっていながら悩んだ。
「…だめ…ですよね…。」
僕が、悩んでいると、神谷は落ち込み顔で小さく呟いた。
「い、いや、大丈夫だよ。予定がない考えてただけだから。大丈夫。」
気づいたときには、口からその言葉が出ていた。口から出てすぐ、「やってしまった。」と分かったが、もはやひくこともできない。正直、少し安心したりもした。目の前には、僕の言葉に目を丸くして驚いている神谷の姿もあった。
「ほ、ほ、ほん当ですか!!?…な、なら是非是非いらっしゃって下さい!」
「あ、ありがとう…。」
そこまで、緊張しなくてもといいたくよるようなテンションの上がりようで、神谷は僕を家へ案内した。

***

「た、ただいま〜…。」
「おじゃまします…。」
自分の家に入るときもどもるんだ…。神谷は、自分の家に帰ってきたのにもかかわらず僕よりも頭を下げながら玄関にあがっていた。
そんなことを考えていると、

「へぇ、姉ちゃんも、男を連れ込むようになったのかよ。」

玄関前に立っていた中学生くらいの少年が神谷に声をかけた。どうやら彼は神谷美里の弟らしい。彼は姉がわたわたしながら僕を家にあげる様子を見て、にんまりと笑っていた。弟のちょかいに対して、姉は過敏に反応した。(彼女は、誰に対しても、いつでもオーバーリアクションだが。)
「な、何言ってるの!た、ただのクラスメートなんだから。それに、そんな言い方、天上君に失礼でしょう!」
姉が真っ赤になりながら、必死に弁明しようとする様子を見て、弟はやれやれと言わんばかりに肩をすくめて首を横にふった。そして、弟は僕の方を見てニコッと笑っていった。
「まぁ、見ての通り出来の悪い姉ですが、よろしくお願いします。天上さん。」
「ちょっとぉ!!」
「あはは、じゃあ俺は出かけてくるから。姉ちゃん、後のことはよろしくね。あと、母さん、今日は少し遅くなるって…じゃあいってきまーす。」
そう言うやいなや、弟は、急いで靴を履き僕の隣をすり抜けて半ば逃げるようにして外に出て行った。神谷(姉)はそんな弟を見て顔を少しふくらませていた。
「すいません。すいません。弟があんなので…。」
「いや、元気な弟さんですね…。」
「うー…、えーっと…と、とりあえず上がって下さい。」
「あ、はい、おじゃまします。」
なんとも言えない空気が流れ、その空気のまま僕は神谷の部屋に案内された。神谷の部屋は、小ざっぱりしていて必要なものだけを置いている感じだ。とはいえ、部屋の隅から隅まで美しく整理されている様子は、女性の細やかさが表れていた。僕が、部屋を見回しているのを気づいた神谷は気恥しそうにしながら、
「と、とりあえず、座っていて下さい。今、今すぐお茶を用意してきますから!」
と言って部屋を出て行った。部屋に一人残された僕は、改めて、この状況を分析し始めた。流れで、神谷の家に上がり込んでしまったが、この状況をどうするべきか。

神谷は、僕が美良と付き合い始めたことは知らない。神谷には、まだ諦めないと宣言されている以上、全く好意が無いということはないだろう…。ということは、今日、神谷と僕が会って神谷の家に上がったことが美良にバレればまずいし、神谷に僕と美良が付き合っていたことが伝わるのもまずい。八方塞がりな状況に陥っている気がする…。いや、そんなマズイことなんてしてないんだから、美良に素直に伝えておけば…、大丈夫…なのか…?いや、誠意のためにもここでさりげなく神谷に美良と付き合っていることを伝えることも…。

「お待たせしましたー。」
そうこう考えているうちに、神谷が2人分の紅茶を淹れてきた。神谷は、紅茶と茶菓子を机に置くとテーブルを挟んで僕の正面に座った。
「紅茶で良かったですか?」
「うん。ズズッ…美味しいです。」
「そうですか。よかったぁ…。私、不器用なんで美味しく出来ているか不安で…。」
「まぁ、誰にも得意不得意はありますよ。現に、この紅茶はすごく美味しいですし。」
何を言ってるんだ。と自分にツッコミたくなったが、今は、いつどうやって神谷にさり気なく美良と交際し始めたことを伝えようかを考えるので頭がいっぱいだった。
「私も、美良さんみたいに器用で、綺麗だったら良かったんですけど…。」
「ゲホッ、ゲホッ…」
「大丈夫ですか!!?」
「だ、大丈夫。で、でも、何でそう思うんですか?」
彼女の一言に僕は思わずむせてしまった。
「美良さんて凄く素敵じゃないですか?綺麗だし、行動的だし、自分を言いたいことを言えるし…。」
「そ、そうですか?」
まずい…、これは、どうも切り出しにくくなってしまった。しかも、ここで、神谷を下手にフォローしてしまうと後で痛い目に合いそうだった。
「そうですよ。天上さんは、兄妹だからそう思うんですよ。」
ダメだ、言えそうにない。僕は、とりあえず今日はもう仕方ないと諦めた。後日、神谷から軽蔑されたら、その時はその時、腹をくくるしか無い。
「いやぁ、でもそんなことも無いと思うよ。美良だって舞華だって欠点はあるし、神谷さんが思っているほどできるわけじゃないと思うよ。兄妹だからこそ見えてる部分もあるよ。」
「…。でも、私は美良さんや舞華さんになりたいです…。」
しばらく間があった。神谷は、俯いて紅茶をすすった。僕も、それに合わせて紅茶をすすった。
「あはは、な、なんかごめんなさい。重いですよね…。」
「あはは、そんなことないですよ。」
「っあ!そうだ。」
「どうしました?」
「あの…その…。言いたいことがあったんです。今日うちに呼んだのも、そのためで…。」
「言いたいこと?」
「はい…。も、もしです…。もし、よければ…。」
そこまで言って、神谷は、踏ん切りがつかないようで、言おうか言うまいかどっちにしようか悩んでいるようだった。出来れば、更に気まずい事にならないで欲しいのだが…。そんなことを思いながら神谷を見守っていると、神谷は意を決したようで、大きく息を吸い込んで一気に言いたいことを吐き出した。
私、凪くん、美良さんや、舞華さんを誘って、皆で初詣に行きませんか!!
言いたいことがあると言われた瞬間、嫌な予感が頭の中を駆け巡ったが、神谷の口から出たのは、単なる皆で初詣に行くイベントのお誘いだった。そうだ、僕は神谷から告白を受けたりしたけれど、単純に僕と神谷は友達なんだ。それを僕は、何勝手にテンパッていたのか…。僕は、胸をなで下ろすとともに、何故か目を瞑ってプルプルと震えている神谷に優しく返した。
「行きましょう。みんなで初詣に。」
「ほ…、本当ですか!!?いいんですか?」
「勿論ですよ。美良と舞華には僕から伝えておきます。」
「じゃ、じゃあ、どこで集まりましょうか?時間は?」
僕からのO.K.がでると、神谷は心底安心したようだった。神谷は、嬉々として、初詣の予定を立て始めた。
「初詣って、あの夏祭りの行われたところになるんですよね?」
「そうです。12時には向こうについていたいですよね?」
「ですね。じゃあ、街外れの方の噴水に11時半とかどうです?」
「ああ、あそこですね。分かりました。凪君に伝えておきます。」
「じゃあ、それでお願いします。」
「あぁ、どうしましょう。私、ちょっと興奮してきちゃいました。あはは。」
神谷は、そう言いながら笑った。今までの神谷を見るに、彼女からすればイベントを企画することも、そのイベントに人を誘うことも大仕事なんだろう。それが、企画段階であっても上手くいったのだから、これは彼女にとって大きな成功だ。彼女のその笑顔に、僕も思わず笑みをこぼした。

 僕が家を出る昼まで、神谷は終始笑顔だった。それが当たり前に出来る人から見れば、彼女の笑顔は不思議なものだろう。でも、僕は、彼女の笑顔を見て、何かしらの安心感が得られた。恋愛感情とかではなく、初詣を成功させて彼女をもっと笑顔にできたら…とも思った。

 もう、新年はあと3日にまで迫っていた。

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