DreamPresenter

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DreamPresenter Vol. 4 Chapter. 6.0

chapter 6.0: 1月1日:

辺りは静寂に包まれていた。さっきまで聞こえていた噴水の音も今は聞こえない。あまりの静かさに現実と夢の境界線が曖昧になった。この現実が夢だったらどれだけ良かっただろう。でも、この現実はやはり現実だった。

僕は、ただただ、目の前にいる正体不明の学ランの男と妹を見つめていた。二人も僕を無言で見つめ返していた。二人の表情は殺されていた。僕は、二人がこれから何をしようとしているのか全く予想できなかった。ただ、これから起こることは、僕にとって喜ばしいことではないということは確信していた。

緊迫した状況の中、この静寂を破ったのは、僕の妹、京だった。
「ねぇ、お兄ちゃん、帰ろう?元の世界に、"お父さんなんか"置いて、私とお母さんと一緒に…。」
「…。」
「何か言ってよ、お兄ちゃん。どうして?どうして、私を無視するの?折角会えたのに…。折角会えたのに!!
目の前の京は俯いた。京の声は確かに京のものだと分かったが、京の言葉は冷たくガラスのようだった。

そこで僕は確信した、目の前にいる女は僕の妹じゃない。
「いい加減、ふざけないで下さい。」
「!!?」
僕の言葉に、目の前の二人は目を丸くした。
「ソレは、僕の妹じゃない!!」
「何を言ってるの?お兄ちゃん…。」
「もう、分かってるんだ!ソレは僕の妹じゃない!!」
前回と違って、僕が明らかに目の前の妹のようなものを妹でないと分かっているからか、学ランの男はこの行為を叱責するようなことはなかった。
「…見破ることができるとは…。はぁ…、穏便に済ませたかったんですけどね。」

学ランの男は、僕が目の前の女を妹でないと見破ったことに少し驚いているようだったが、すぐに元の薄ら笑いを浮かべた表情に戻って僕に言った。
「私は、尾高神壱(オダカ シンイチ)と申します。かいむ君、君には申し訳のないことをしました。」
「お前は、何なんだ!!何が目的で!!」
尾高は、あくまでマイペースだった。
「何が目的…、それは、あなたの本当の妹、京さんから聞いたほうがいいでしょう。今度は本物ですよ。」
「んなっ!!?」
尾高は淡々と僕の背後を指さした。

僕は尾高と名乗った男の言葉に動揺し、息を飲んで、彼が指さす方向に振り返った。僕が振り返った先には、先程の偽物と同じ輪郭の少女が、しかし、明らかに先ほどと雰囲気の違う少女が、僕の方に歩いてきていた。

直感で分かった、彼女は僕の妹、水無月京だ。顔は、さっきの偽物と変わらなかったが、僕にはさっきと違う何かを感じていた。仮想世界のこの中であっても、彼女の一挙手一投足から僕の妹の空気が感じられた。目の前の妹は、長年会っていなくても分すれられない、本能的な何かを刺激してきた。
「お兄ちゃん…。久しぶり…だね。」
「京…なのか?」
「うん…、そうだよ。」
本当ならば、感動の再会だったが、妹の表情は暗かった。その表情を見て僕は、不安を隠せなかった。
「何で…。」
「お兄ちゃんとお父さん、皆でまた一緒に暮らすためだよ。」
「!!?」
「お願い、お兄ちゃん。一緒に…現実世界に戻って!」
本当の妹が出てくることで何かが変わることを期待したが、その期待は儚く消え去った。寧ろ、妹から出た言葉は、さっきの偽物の言葉と内容は同じで、感情がこもっている分、今の言葉のほうが重かった。

あまりの衝撃に困惑する僕に、同じく今の状況を呑み込めていないだろう凪が叫んだ。
「おい!かいむ!これは、どういう事だよ!!」
凪は珍しく焦っているようだった。
「僕にも…何が起こっているのか分からない。」
「じゃあ、あいつは誰だ!?」
「あの男は分からない。彼女は、僕の妹…。」
「…妹!!?ちょっと…ちょっと待てよ…。いやいや、意味がわかんねーよ!!」
僕と凪は事態が互いに飲み込めず互いに「分からない。」と叫ぶだけだった。神谷は、うろたえて何も言えずにいた。

僕らの言い合いに収拾がつかないと見て、尾高は、更に衝撃的な一言をつまらなさそうに淡白に言い放った。
「かいむ君、もし私達が元の世界に帰る手段を持っているならば、君は帰りたいと思いますか?」
「え!?」
「みんな一緒に元の世界に帰ったら、また一緒に暮らせるの。」
本当に元の世界に戻ることができるのか?僕は目を白黒させた。元の世界に帰る手段は、この世界に来てから、ずっと探し続けていたものだ。最近は、いくら探しても見つからず、半ばそんなものはないと諦めていたものだ。あまりの情報の無さから、都市伝説のようなものとさえ思っていた。それを彼は持っていると言った。それさえあれば元の世界に戻ることができる。しかも、家族と一緒に暮らすことができるかもしれない。それは、僕がずっとずっと願ってきた夢だった。それが、手に入るかもしれない。

元の世界に帰ることができる…、尾高の問に対して、僕の答えは既に決まっていた。僕は熱くなっている頭を冷ますために大きく深呼吸して、目の前の二人に返した。
「…ごめん…京…。」
「え…。」
「もし、元の世界に入る方法があっても、僕はこの世界に残りたい。ここにいるって、ここで生きるって決めたんだ。」
「…。」
京は、僕の言葉に悲しそうに俯いた。一方、尾高は、唇を噛みしめていた。
「考え直すことはできないの?もしかすると、もう皆で暮らせなくなっちゃうかもしれないんだよ!?」
「それは…、…覚悟してる。僕だって、ずっと家族で暮らしたいって願ってきた。でも、この世界に触れていくうちに分かったんだ。この世界もこの世界で息づいてる。僕は、この世界を信じたいし、この世界で一緒にいたい人が沢山できた。だから、僕は、ここに残りたい。」
「…、残念です。」
「残念」という言葉を京ではなく神壱が使った。使ったが、尾高は苛立っているようだった。
「…もともと君に、選択肢はありませんでした。ただ、ここで一緒に来てくれていれば、何も悲しむことはなかったんです。」
「ど、どういうことだ!?」
「そのままの意味ですよ。残念です。」

僕がこの世界に残ると聞いた尾高は冷たい声で叫んだ。

「…、杏子さん。彼の答えは No のようです。」

尾高の口からでた『杏子』という言葉に僕の時は止まった、そして、尾高の言葉を合図として尾高の背後から歩いてくる彼女を僕はひたすら凝視していた。
「本当に残念。」
聞き慣れた声が尾高の背後から聞こえた、忘れてはいけない、忘れられるはずがない声だった。
「か、母さん!!?」
「…本当に久しぶり…。ずっと会いたかった…。かいむ。」
「ほ、ほ、本当に。」
「遅れてしまってごめんなさい。ずっと一人にさせてごめんなさい。でも、こうしてまた会えた。本当に嬉しい。」

目の前にいる女性は、僕のイメージそのままの優しそうな顔をしていた。彼女は水無月杏子(みなづき きょうこ)、現実世界における僕の実の母だ。多少、思い出の母の姿と容姿は異なっていたが、それでも僕は本能的に僕は彼女が僕の母親だと分かった。優しく、そして凛々しく、父と別れてから女手一つで必死に僕らを養おうとしてくれた、そんな性格が母の顔立ちから感じ取れるのだ。僕は、その懐かしい感覚に涙が出るほど嬉しくなった。

しかし、次の瞬間、母の表情は一変し、その表情に僕は思わず母から後ずっていた。さっきまでにこやかに親子の再会を喜んでいたその顔は、まるで僕を蔑むような、冷淡で恐ろしいものに変わっていた。それは記憶の中の怒った母さんですら見せなかった表情だった。僕は、折角の母さんとの感動の再会のシーンにも関わらず、この場から逃げ出してしまいたい気持ちになった。多少の罪悪感を感じたものの、明らかに僕に危害を加える目をしている母さんから逃げるのは、当然のことだとさえ思ってしまった。僕は、どうして母さんがこのように急変してしまったのか理解できなかった。
…がっかり!!!!
「えっ!?」
鬼の形相の母は鬼のようにドスのきいた声で僕を呪う言葉を吐いた。
「かいむ、元の世界に帰りなさい。これは命令。」
母の視線は、僕の体を抉るようだった。
「で、でも…、僕は、この世界に残りたい…。」
僕は素直な気持ちを伝えたつもりだったが、辺りを包む重苦しい空気は更に重苦しいものに変わり澱んでいった。僕の考えは甘かった。母は、僕が命令を聞かないと分かったことで、暴力的に僕を制圧しようとし始めた。
「聞こえなかった?元の世界に帰りなさい。これは命令!!
「いくら母さんの頼みでも…それは…できない。僕は、この世界の中で沢山の大事なモノを…。」
「頼み?命令っていったでしょ?」
「…。」
がっかりねぇ本当に!!!
僕は、恐怖で両足が笑ってしまっていた。母さんは間違いなく母さんだったが、僕の知る母さんではなかった。
僕は、この完全に収拾がつかなくなった状況をどうしていいのかも分からず、目の前の唯一見知らぬ男、尾高に気持ちをぶつけた。
「おい…、お前!母さんに…、京に‥何をした。」
僕がそう言って尾高を睨みつけると、尾高はやれやれと溜息をついて首を振り、僕の数十倍の眼圧で僕を睨み返してきた。そして、今までの冷静なイメージからかけ離れた怒りを顕にし、大きな声で僕に叫んだ。
何も知らない人間が、勝手なことを言うんじゃない!!!
僕は、尾高の怒りの叫びに怯みそうになったが、なんとか踏みとどまって言葉を返した。
「じゃあ、どうしてこんなことになってるんだよ!」
でも、僕の反抗的な態度は、母を更にいらつかせたらしかった。
うるさい!!
母は大声で叫んだ。

そして、次の瞬間、僕らは目の前で起こる異変に為す術なく恐怖した。
"ガコォォォン"
「え?」
母の怒りの叫びとともに僕らの背後で大きな音がしたかと思うと、後ろにあったコンクリートで作られた3階建てのビルが倒壊していた。余りに急で、余りに予想外の展開に僕らは何が起こったか分からずパニックを起こした。
「なっ、何でいきなり建物が壊れるんだよ!?」
「嘘、嘘、嘘、嘘…何?何?何?え?」
犯罪がインプットされていないこの世界の住人である凪や神谷は、もう何が何だか分かっていない。当然だ、僕でも何が何だか分かっていないんだ。僕らのパニックをよそに母は、更に迫力を増して僕に迫ってくる。
「あんまり、手を煩わせないで。」
「い、今のは…母さんが…やったのか?」
「そうよ、余りに言う事聞かなくてイラついちゃった。」
僕は絶句した。どこをどう正せばいいのかすら分からなかった。
「戻ってきなさい。」
「…。」
返事をしろ!!
次に、母さんの叫びを聞いたときには、もう遅かった、気付けばさっき倒壊した建物の破片がなぜか僕らの頭上から落ちてきていたのだ。何も分からず、僕はただただ情けなく叫び声をあげた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

そんな中、一人の男性が僕らの前に立って、目の前に迫っていた恐怖を受け止めてくれた。Gentle店長、旭川渥美だった。
"ゴォォォウゥン"
また大きな音がしたかと思うと、頭上にあった瓦礫は細かく砕け、全て僕らを避けて地面に散らばっていた。
「遅れてすまなかったね。でも、間に合ってよかった。」
渥美さんは、僕らに笑顔を向けると、すぐに目の前の母たちに向き直り彼女らを睨んだ。母も眉をピクリと動かして睨み返す。渥美さんは、母さんから瞳をそらさないで、怯える僕らに言った。
「みんな、あっちの道に走って逃げるんだ。恋と雫が待ってる。二人が安全な場所に誘導してくれる。」
渥美の言葉に、凪と神谷は、無言で頷いた。しかし、僕は二人と違って頷くことはできなかった。ここには美良と舞華が遅れてやってくるのだ、僕は逃げるわけにはいかなかった。
「かいむ君?これは、君がどうこうできるレベルを超えてしまっている。今は逃げるんだ。」
「渥美さん、ここには、美良と舞華が遅れてやってくるんです。ぼ、僕は、二人を置いて先に逃げるなんてことできません。」
「かいむ君、二人は俺と恋が必ず無事に逃がすから、君は先に逃げるんだ。」
渥美さんのいうことは、至極最もだった。でも、僕には、ここで退けない理由があった。
「僕にも、命をかけて守りたい人がいます。だから、この世界に残ることを選択したんです!!」
震える声で僕は渥美さんに言った。その言葉に、渥美さんは、視線だけを僕に移して、僕の顔を少しの間じっと見つめ、そして小さくため息を付いた。
「頑固だなぁ…。凪君、神谷美里さんを頼んだよ。これから、少しの間だけ霧が発生する。その隙に、あっちの道に全力疾走するんだ。」
凪は、怯えながらも、しっかりと首肯した。神谷は、気が動転して何が何だか分かっていない様子だった。

そうか思うと、渥美の言うとおり辺りから霧が発生し始め、渥美の指示通りに凪と神谷はかけだした。

そして残った渥美と僕は、改めて、目の前の三人と対峙した。

最悪の新年の始まりだった。

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