DreamPresenter

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DreamPresenter Vol. 4 Chapter. 9.2

chapter 9.2: 旭川渥美(後編):

母さんが「あなたの存在を消してあげる。」と言った瞬間、この場にいる全員の時が止まった。母さんの言葉に恐怖を感じたのか、母さんの言葉の意味を理解できなかったのか、母さんの攻撃に身構えたのか、各々がどういう理由で声もあげず身動きを取らなくなったのかは僕には分からない。しかし、さっきまでの騒ぎが嘘の様に、今この場は静寂に包まれていた。おそらく、その場にいた誰もが母さんの言葉を本能的に危険だと気づいていたのだろう。

母さんは、そのあまりの静寂に耐え切れなくなったのか、僕らの顔を見てニタニタと笑いながら、何やら呪文のようなものを唱えた。
「remove 53K20U04H16-ATSUMI-ASAHIKAWA.」
母さんが呪文を唱え終えると、また、辺りが静寂に包まれた。僕らは、何が起こったのか分からず、首を振り辺りを見回す。一見して何も起こっていないように見えた。しかし、当然、それだけで終わるはずがなかった。異変に最初に気づいたのは恋さんだった。
「渥美っ!!?」
それは、悲鳴だった。悲鳴に驚き恋さんを見ると、恋さんは、信じられないといった表情で目を見開き渥美さんの方を食い入るように見つめていた。僕は、その並々ならない様子に慌てて視線を渥美さんの方にうつした。

僕は、渥美さんの姿を見てぎょっとした、先程までは気がつかなかったが、渥美さんの指が、青虫がキャベツを齧っていくようにじわじわと消えていたのだ。母さんは渥美さんの存在を消すと宣言していたが、渥美さんの渥美さんの指がなくなっていく様子は、直に見ても信じられるものではなかった。先程までの建物の瓦礫が飛んでくるのは、対処法こそ思いつくのに対し、存在が消えていくのは、対処法すら思いつかない。僕らは、渥美さんの身に起こっている危険を目の当たりにしながら、何も出来ず、ただただ呆然とするしかなかった。

僕らの反応に対して、渥美さんの反応は、いつものそれと変わらなかった。ただ、対処法が分かっているという風ではなく、自分の手足が消えていくさまを眺めながら寂しそうに笑っていた。
「あーぁ…、ごめん、皆、約束は守れなさそうだ。」
渥美さんは、この期に及んで僕らに笑顔を見せた。渥美さんの笑顔に、僕は感服すると同時に、悲しみやら申し訳なさやら形容できない気持ちが沸き上がってきた。渥美さんは死を覚悟しており、渥美さんを殺したのは母さんであり、間接的に僕も渥美さんを殺しているのだ。
「渥美さん…、ごめんなさい。ごめんなさい…。」
僕は謝るしかできなかった。
「かいむ君、謝ることはないさ。これは、俺が決めてしたことなんだから。」
「…なんで、そんなに優しいんですか?僕のせいで…。」
「優しくなんてないよ、元々、俺達のせいなんだから。」
僕は、渥美さんの優しい言葉を聞くたびに胸がつっかえて声が出なくなってしまった。

「渥美…開けて。…お願い。」
渥美さんが気丈に振る舞う一方、恋さんは今にも気持ちが破裂してしまいそうだった。恋さんが悲しそうにそう懇願すると、渥美さんは何も言わずに水のドームを消した。ドームが消えたと同時に、恋さんは渥美さんに駆けより、消え行く渥美さんを抱きしめた。渥美さんの侵食は留まることを知らず、既に渥美さんの肩より下は何も無くなってしまっていた。抱きしめ合うこともできず恋さんは、かすかに残った渥美さんの胸にただただ嗚咽を漏らすしかなかった。
「ごめんな…。本当に。」
「ごめんて言わなきゃいけないのは僕の方だよ。」
「恋。」
渥美さんが優しい声で恋さんを呼ぶと、渥美さんの方を向いた恋さんの唇にキスをした。突然のことに恋さんは少し驚いたようだったが、すぐに渥美さんを受け入れた。
「恋、愛してる。」
「…うん…、ありがとう…。僕も愛してるよ。」
映画やドラマなら悲しいラブシーンですむのだろうが、実際には、これほどまでに悲しく、辛く、惨めて、虚しいものだとは思わなかった。

しかし、そんな二人のささやかな別れでさえも、神様は許してくれなかった。突然、恋さんが、何かに気づいたようにびくびくと震え始めた。
「…あ、あ、渥美、渥美っ!!無くなってる…。無くなっちゃってるよ。思い出せない。思い出すことがあったのかさえ分からないの!!でも、足りないの!!欠けてるの!!何…僕どうなっちゃうの!?渥美のことを忘れちゃうなんてことないよね!!そんなことないよね!!」
恋さんは半狂乱になりながら叫んだ。恋さんの言葉に驚き、僕も渥美さんを意識してみたが、確かに何かポッカリと穴が開いたような感じがして、僕らの中の渥美さんの記憶が薄れてしまっているのが分かった。
「…俺の記憶も消えちゃうみたいだな。存在が消えてしまうみたいだ。」
渥美さんは達観したかのようにそう言ったが、それを聞いた恋さんは信じたくないというように首をブンブンと横に振った。
「う、うそでしょ…。嘘でしょ。ねぇ!!」
「本当よ。鶴海恋ちゃん。」
二人の時間に釘を刺すように母さんが余裕の表情で割って入った。
「remove をすれば、誰からもアクセス出来ない。それは肉体だけじゃなく、記憶や記録も全て。勿論、私の記憶の中ですら存在しないわ。どこにもいなくなっちゃうの。」
恋さんは、軽々しくそう言う母さんを睨みつけた。
「ふふ、怖い怖い。」
恋さんは、母さんの馬鹿にしたような態度に、もう怒る気にもならないのか、悔しそうに渥美の消え行く胸に涙をこぼした。
「…。恋。覚悟は…できてる。」
「で、でも渥美…。」
「俺だって怖いよ…。今までしてきたことが全て消えちゃうんだから…。」
渥美さんは漫画家だ。人の心に残るものを作りたいと願う職業だ。それなのに、渥美さんは誰の心からも記憶からもいなくなってしまおうとしている。それがどれだけ悲しいことなのか、辛いことなのか僕には想像もできなかった。
「今度は、渥美がいなくなっちゃうの?…僕への罰だからって酷すぎるよ。」
「根拠はないけど、絶対にまた会える。だから待っていて欲しい。恋を見つけてくる。」
「…。う…うぅー。」
「絶対だ。」
「うーっ。」
恋さんの嗚咽が、この場に響き渡った。

恋さんが呆然と立っているのが見えた。目から大粒のナミダを流している。気付けば僕も、美良も、舞華も同様に泣いていた。でも、僕達がどうして泣いているのかその理由は分からなかった。悲しいという気持ちがただただ溢れてきたが、どうして悲しいのか、そもそも悲しかったのかさえ酷く曖昧になっていた。
「あれ?僕どうして泣いてるの?…泣いて…るの?」
恋さんが呆然とつぶやきながら、何も無い中空をぼんやりと眺めた。
「あれ…。まぁいいわ、とにかくかいむを連れて帰らなきゃね。」
何故か、攻撃の手を緩めていた母さんは、もう容赦はしないといった様子で首を回した。

そうだ、母さんと闘い、美良、舞華を守らなければ、僕は立ち上がった。

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